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2005年12月23日 (金)

「滋賀新聞」はなぜ潰れたのか(2)~破綻した“いいとこ取り”~

年末進行とやらに巻き込まれたり、滋賀新聞の未払い賃金などでおかしな問題があったりで、今週は毎日素面で午前様。そのせいでブログの更新か滞ってしまった。

前回に続き、今回は滋賀新聞の経営手法について考えてみたい。紙面と並んで、滋賀新聞を短命ならしめた“キモ”の部分である。

滋賀新聞の経営手法を一言で表すなら、“いいとこ取り”である。

まず資本構成が然り。

小林徹社長の持ち株は、自らが社長を務めるセンサーメーカーのオプテックスや、先妻との間の子供名義の分を含めても資本金の過半数には遠く及ばない。滋賀県の財界有志が集って設立したと言えば聞こえは良いが、悪く言えば寄り合い所帯。経営責任の所在があいまいになりやすい体質を抱えていた。代表取締役社長の小林氏自身が非常勤。経営破綻が表面化してから、小林社長が責任を他に転嫁したり、「私が最大の被害者」などと公の場で発言した裏には、このような事情がある。

次に制作面を見てみよう。

滋賀新聞が保有していた製作設備は新聞組版設備のみ。日刊の県紙や地域紙なら通常、直接もしくは関係会社を通じて輪転機を保有するのだが、滋賀新聞はなぜか最後まで「輪転機非保有」「新聞印刷会社への委託」にこだわり続けた。大株主には印刷会社も複数あり、合弁会社設立の余地もあったはずである。

外部の印刷会社に印刷を委託する以上、そこには通常の商取引と同じく、相手との力関係で業務内容が決まる。実はここに滋賀新聞の大きな誤算があった。同一人物が社長を務めるオプテックスは、「ファブレス」経営を社是として製造部門を一切持たず、協力会社を支配して生産している。同じ図式で印刷会社に対して優位に立てるという経営判断自体に誤りがあったのだ。

私は1月に入社したのだが、その時点でも降版時間などの制作ダイヤが全く決まっていない状況だった。後述する要因もあり、印刷会社との力関係は先方がはるかに上。しかも部数に見合わず2社に分散して印刷するという選択をし、これが設備投資額を押し上げる一因となった。

印刷会社の方が力が上だとどうなるか。一言で言ってしまえば「輪転機が空いている時間にしか刷ってくれない」のだ。滋賀新聞にとって望ましい印刷開始時間は、他社にとっても同じ。自分の所の親会社を跳ね除けてまで滋賀新聞を刷るということは、絶対にあり得ない。このため滋賀新聞の印刷開始時間は、県紙としては異常に早い時間に設定されてしまった。廃刊までの間、報道できた地方選挙ですら、工程ダイヤ編成は綱渡りの連続だった。遅い時間は印刷所の輪転機も寄せ木細工のようなダイヤ編成で埋まっており、滋賀新聞の希望が完全に満たされるはずなどなかったのである。

販売面も全面的に他社に委託である。販売店を持たない地域紙は通常、「オール取引」と呼ばれる、エリア内の全販売店と契約して拡張・配達してもらう手法を取るのだが、滋賀新聞は系統専売にこだわり、最終的に朝日・毎日の両専売網にのみ乗せる形を取った。この方式だと、販売店が滋賀新聞を配達したり部数を伸ばすのに、最終的には発行本社の意向が働くことになる。発行本社の担当が「滋賀新聞?そんなもん売るなら本紙拡張せんかい!滋賀新聞ばっかり拡張したらお前の店改廃(店主をクビにして別の人間を連れてくること)するぞ」と一喝したらそれまでだ。

ちなみに各地で「成功した」と言われている地域紙は、オール取引か自社専売網を持っているかのどちらかだ。前者の例として「市民タイムス」「伊豆新聞」「上越タイムス」があり、後者の例が「桐生タイムス」である。函館新聞の苦戦の理由の一つも系統専売の問題があるはずだ。「フクニチ」や「北海タイムス」(いずれも現在廃刊)が、倒産状態が続いても長く新聞発行が続けられたのは、自社専売網の裏打ちがあったからだし、経営が行き詰まった「日刊福井」を中日が買ったのも、専売店網があったこそだ。こうした新聞販売の事情を、社長以下役員は最後まで理解しようとしなかった。

そして、提携先との協力関係に水を差し続けたのは、小林社長以下役員の、新聞業界を敵に回すような発言の数々であった。再販問題然り、クラブ問題然り、協会加盟問題然り…新参者は滋賀新聞の方である。何かにつけ大家の揚げ足を取ろうとする輩に、快く軒先を貸す人間はいるだろうか? 中学生だって答えは導き出せる。

じつは、滋賀新聞の経営破綻に当たっては一連の役員の発言をはじめ、余りにも属人的な要素が多すぎる。この観点からは再度稿を改めて考えたい。

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