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2005年12月17日 (土)

「滋賀新聞」はなぜ潰れたのか(1)

そろそろ各社紙面でこの一年を解雇回顧する「今年の重大(十大)ニュース」を仕込む時期だ。私的には、この一年の回顧として、当事者として関わることになってしまった「創刊からたった4カ月半で滋賀新聞事実上の廃刊」を取り上げざるを得ない。この問題をきちんと総括するのは、マス・コミ学会会員でもある私の責任でもあろう。

私なりに考えた廃刊劇の理由だが、「まともな会社経営が欠けていた」、この一言に尽きる。言い方を変えれば役員が企業の経営者としての器ではなかったと言うことだ。「新聞経営」ではない、「会社経営」である。経営陣が新聞の「素人」で固められていたとか以前の次元の問題があまりにも多すぎた。

大学主催のシンポという公の場で、図らずもそれが披露される一幕があったのでご紹介する。

実は先週、某大学主催の滋賀新聞関連のシンポジウムが京都であり、私は日本マス・コミ学会会員として招待を受け、出席した(滋賀新聞経営陣の一部らが、私のこのシンポへの参加に関しいろいろ触れ回っているので、事実関係を明らかにしておく)。

成功例として、ここ数年部数が急増したことで知られる北日本某地域紙の編集局長、失敗例として滋賀新聞の編集局長がそれぞれ登壇、己の体験談などを披露した。

この席上での編集局長の廃刊に至った経緯の説明だが、

  • とにかく金が続かなかった(資金ショート理由の説明無し)
  • 新聞の中身が読者ニーズに合致しなかった
  • 社員の能力が足りず記事の質量とも他紙に見劣り
  • 社内に妙なヒエラルキーが充満して、「全国紙経験者が一番偉い」という誤った考え方に支配され、社員の士気が下がった
  • 要するに廃刊に至ったのは社員の出来の悪さがすべての原因

という趣旨の内容を制限時間を大きく超えて長々と発言。労使交渉の席ではないので、私はこのシンポでの滋賀新聞局長への質問やコメントを一切差し控えたのだが、聞いていてあまりにも情けなくなった。一兵卒の戯言ならともかく、発言の主は「取締役編集局長」である。

確かに社員の能力云々の発言などは当たっている。長く地域紙で働いた私の経験から見ても、記者一人当たりの出稿本数など、滋賀新聞記者の労働生産性が他の地域紙に比べて低いのは事実だ。取材手法にしても、地域紙の記者が足繁く通うはずの学校や公民館などがほとんどノーマークになるなど、あまりにも幼稚だったのは否めない。

しかし、非常勤の社長に代わり編集職志望者に面接し採用の決定を下したのは、他でもないこの取締役編集局長だ。能力の劣る人間を採用したこと、その後満足に教育もせず一線に放り出し結局「書けない記者」を多数生んでしまったこと、「妙なヒエラルキー」解消に向けどのように取り組んだのかなど、自らの役員としての経営責任については触れずじまい。

これに対する出席者の質問もほとんどなかったが、「メディア経営」に関する事柄は、わが国のメディア研究者がもっとも苦手にしている分野の一つだから仕方がないか(これはこれで問題なのだが)。この局長は主催大学と関係が深い人物なので、遠慮もあったのだろうがメディア研究者やその卵(出席者の多くは院生)として、もっと問題意識が欲しかった。

ともかく、公の場で役員が自分の立場をわきまえず一兵卒のような発言をダラダラと行ったのは事実で、「こういう経営体質だから半年持たずに廃刊に至った」ことを改めて再認識する場であった。

いろいろ書かなければいけないことはあるが、それについては稿を改めて述べたい。

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