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2006年1月30日 (月)

私はなぜ新聞労連が嫌いか

私は新聞労連が嫌いだ。

イデオロギーとかそういう問題ではない。かつての私のように、規模の小さい新聞社で働いている人間には屁の足しにもならない、役に立たぬ組織だからだ。

いい例が1月27日のこのブログで紹介した、ある2つの地方紙での労使問題だ。一つはれっきとした県紙、もう一つは創刊100年を超す老舗とはいえ、発行エリアが限定されたエリア紙。新聞労連の中の「地域紙共闘」の古くからのメンバーだ。

労連委員長のブログ(リンクしたりTBしたりするのも嫌なので、「新聞労連 委員長 ブログ」でぐぐってくれ)を読むと、私が言いたい新聞労連の体質がよく分かる。

県紙の方の話はそれこそ毎日のように出てくる。それに引き換え、後者の地域紙共闘加盟某社の方は社名すら出てこない。後者の地方紙は希望退職募集やそれに引き続いての指名解雇敢行。しかもその直前には一部地域の新聞発行権を事実上他社に譲渡すると言う状況で、見方によっては前者の県紙以上の深刻な経営危機。一部は新聞業界紙でも報道されており、新聞労連上層部の耳に入っていないのはまずあり得ないし、もし入っていなければ労連自体が深刻な大企業病だ。

また、私が滋賀新聞に入社した時、前勤務先の某県紙で労組役員の経験もある某デスクに、私の前勤務先について「ああいう小さい新聞は労連や地連のお荷物。とっとと出て行って欲しいんだよな」と嫌味を言われたことも数回ある。まあ大方の県紙以上の労連加盟労組の組合員や役員の意識は同じようなものだろう。労連幹部も推して知るべし。

昔の例として、私がかつて勤めていた「東京タイムズ」廃刊直前の事例も記しておこう。長崎市長が襲われたいわゆる「本島事件」のあたり、長崎新聞に銃弾が打ち込まれた時のことだ。時の労連委員長はすぐさま長崎新聞社に急行、関係者を激励、そのまま東京に戻ってきた。この時、同じ九州の「フクニチ」は組合員が数年にわたって社屋に文字通り篭城して新聞発行を続けていたが、激励も何にもなし(このしばらく後、フクニチは輪転機を債権者に差し押さえられ発刊継続が不可能になり廃刊)。私の新聞労連への不信感はこの時に端を発している。

結局、県紙未満の会社で働く人間は、同じ産別組織に居ながらも同じ仲間として扱ってもらうことが難しいということだ。新聞協会の理事会などと同じ構図である。こんなことで、小さい会社で働く立場から、新聞労連の存在意義ってあるのだろうか。私の答えは「否」である。

「東京タイムズ」が廃刊になったとき、労組役員の経験もある当時の編集役員がこう言っていた。「新聞労連と言ったって、しょせんは企業内労組の集合体。欧米のように職能別か、会社の規模に応じた産別組織にならないと、日本の新聞の労働運動は良くならない」

情けないことだが、東タイの廃刊から15年たった今も、現実は何も変わっていないように思える。

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