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2006年2月10日 (金)

「京都経済新聞」復刊断念の深層(一部チラシの裏)

1997年に日刊紙として創刊、その後99年に週刊紙化された末に昨年(2005年)3月に休刊した「京都経済新聞」。その後いったんは復刊が表明されたものの時期が先延ばしになっていたが、発行元のホームページに8日、事実上の復刊断念宣言が掲載された。

http://www.kyoto-keizai.co.jp/modules/news/article.php?storyid=7

この「京都経済新聞」、代表者が滋賀新聞の創刊に深く関わったり、滋賀新聞の一部幹部が廃刊後も京都経済社長と連絡を取り合っているのは知っていたので、一応動向はウオッチしていたが、予想通りの結末である。

以前ホームページにアップされた“テスト版”(現在は削除=読みたい方は私宛メールを=)を見て、「こりゃダメだ」と思った。紙面にバランス感覚があまり感じられなかったのだ。取材対象然り、記事の価値判断然り・・・。紙面づくりが明らかに偏っている。以前このブログで紹介した、京都経済新聞社長も顔を見せていた某大学主催のシンポに来ていた北陸の某地域紙と、京都経済新聞テスト版のPDFを改めて眺めながらこのブログを書いているのだが、その感想は初めてテスト版を見た当時と変わらない。北陸の地域紙は極めてコンベンショナルな作りなのだが、京都経済新聞の方は何かに異常に肩入れしている印象が拭えないのだ。

地方紙の経営を安定させるためには、紙面のバランス感覚が欠かせない。主張すべき所は主張すればいいのだが、他を一方的に攻撃するアジ演説に終始したりするのは、商業新聞ではご法度。滋賀新聞も残念ながらそういう面があったのは事実。大きな部数があっても、特定の勢力を紙面で異常に攻撃するなどのバランス感覚を欠いた紙面づくりを続けるとどうなるか、地域ぐるみでの取材・購読・広告出稿の拒否を喰らった揚げ句に倒産した「日刊新愛媛」の事例が示す通りだ。ましてや京都経済新聞の場合、「広く薄く資本を集める」ということをトップが掲げている以上、紙面のバランスには特に気をつけなければいけないのだが、出来上がった紙面とはそれとは程遠いもの。支援者の腰が引けて出資を渋るのは当然の帰結だ。

京都経済新聞が復刊を断念した翌日、生扉と自民党の合弁新聞社設立構想があったことを夕刊フジが報じた。京都経済はライブドアの報道部門新設を支援していたそうだが、合弁新聞社構想との関係はどうなのか。「報道コンテンツの外販により収益を生む」という考え方、合弁新聞社に関する夕刊フジの記事にも、今後の京都経済新聞社の方針の中にも述べられている。武部氏に渡ったとされる企画書は誰の作なのか。ライブドアの中に、販売や製作などを含めた日刊紙のノウハウ持っている人材はいないだろう。

また、滋賀新聞と社長が同一人物で株主構成も共通する部分が多い、FM滋賀のブログが荒らされたまま2週間も放置されたり、滋賀新聞株主の一部に経営陣を相手取った訴訟を起こす動きがあったりするなど、滋賀新聞周辺でもまた焦臭さが漂い始めている。滋賀新聞やFM滋賀の親会社とも言える某センサーメーカーの株主総会も間近。

京都経済新聞と滋賀新聞、関与した人物には共通するものも多い。その中にはバックに胡散臭い連中が控えている人間もいる。問題の相互に関係があるのかないのか、真相はまだ明らかではない。ただ発覚したタイミングがあまりにも一致しているのは確かだ。

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