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2006年5月20日 (土)

私はなぜ憤ったのか

「市民派の政治家志望者」なら、『李下に冠を正さず』という言葉の持つ意味を良く考えるべきだろう。

ご参考までに、滋賀新聞破産財団の状況をご紹介しておく。

残余資産は215万円余。それに対して第一義的に支払義務のある税金など「公益債権」が188万円余差額は30万円に満たない
2億円近い一般債権に対する配当なんざ逆立ちしたって不可能。

ちなみにこの数字の現れ方、「自分の手元に資産を残して会社の資産をゼロにする」手口の典型で、中小企業やオーナー会社の計画倒産時によく見られるんだがね。

そういう人物から活動資金&選挙事務所提供の便宜を受けて「市民派の政治家志望者」と称すること、何となく胡散臭く感じるのは私だけだろうか。本来株主や債権者への支払に充てられる金が政治資金に化けたこと、当事者は知っているはずだ。
資金面などの仲介役をを果たしているとされる、ある滋賀新聞幹部との関係は、この幹部の前々職にあたる某新聞社事業担当時代からという。ならばこの人物の風評についてもよく知ってるはずだ。「市民派」ならそういう人物は普通遠ざけるよな。

この政治家志望者が「カネ自体には色はない。綺麗も汚いもない」などと某競艇王のような考え方をしているなら、「市民派政治家志望者」の看板は即刻下ろすべきじゃないのかね。

あと、この人物の支持者の中に、滋賀新聞の「不透明な原稿料支出の相手先」として、社内で調査対象になりかかった人物が名を連ねていることも付記しておく。てん末はご推察の通り。

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